2007年10月11日
手帳紛失
昨日どうも京阪樟葉駅の終電に近い時間に改札あたりで手帳をどこかに置き忘れたようだ。それを今日会社にきてわかり、少々慌てました。問い合わせてみると落とし物として拾得され、すでに京阪京橋駅の落とし物センターに保管されていました。凄く手際よいのには驚きました。たまたま今日は淀屋橋の会社に訪問することもあり、その後京橋に寄ったので、紛失した時間から半日少しで私の手元に帰ってきた事になります。
短時間解決、万歳!そして拾ってとどけてくれた方、ありがとうございます。
2007年10月11日
5歳にして初クラブの記念写真
私は中学途中まで福岡にいた。この写真は5歳のころ、福岡市内のど真ん中にある歓楽街、中洲のクラブに親父と親父の飲み友達に連れられ行った時の記念写真として撮られたものらしい。(何と無く記憶がある。ただ、そのころはそれがどこだかあまりわかっていないのはいうまでもないのですが、私の記憶でも数回行ったように思う。)つまり、飲みに行くために、おふくろをたぶらかすために親父が友達の家に行くといい、さらに私をカモフラージュとして一緒に連れ出していたようなのです。でも、この写真がその後は証拠写真となり、我が家の博多の肝っ玉婆ちゃんに見つかる事となり親父と友達たちはほうきでなぐられ、数時間の説教をされたそうです。(写真の端に写っているのは親父の高校の同級生でYおじさんでおねえさんはクラブの人です。)親父はそこまでしても飲みに行きたいようです。2年前にも大動脈亀裂で危篤になり、退院後すぐに祇園に飲み行ってましたから。
この前の連休の時も少々体調がすぐれないようなので東京にいる妹から注意してね、と連絡があり、昨日夜電話をしてみるとでない。一人暮らしなので心配して電話をするが繋がらず、今日の朝、電話をしてみると元気に電話にでるのです。実は先斗町に飲みに行っていたとのことだった。携帯電話は持っているが、夜はたいてい繋がらない。
そこで親父の携帯電話をGPS機能付きにかえる事にした。親父がもし将来痴呆になった時に必要になると思っていたが、まあ、よく考えてみると親父は中洲に出かけていく時から、すでに徘徊のような行動は、はじまっていたのですから。





